リスク感覚の重要性

2024.06.24(MON)

本日は6月19日付の日経記事「農中、外債10兆円売却へ(今期の赤字1.5兆円に)」に注目しながら、「資産運用におけるリスク感覚の重要性」について、深堀りして考えてみたいと思います。

農中の正式名称は農林中央金庫、全国の農協(JA)やその他多くの関連団体から資金を預かる巨大金融機関です(総資産は約100兆円)。そして総資産の半分超の56.3兆円を有価証券で運用しています(貸出比率は20%以下)。メガバンクや大手地方銀行と比べて、貸出比率が低く、運用比率が極めて高いのが大きな特徴です。

歴史的に農中は、全国の農協が預けるお金(預金)に通常より高い「上乗せ金利」を支払ってきました。それによって農協への影響力を保持してきたと推察します。しかし長期にわたる日本の低金利環境で十分な利息を得ることが困難になり、また農業関連の貸し出しも伸びなかったことから、農中のビジネスモデルは資産運用を主業務とする巨大運用会社に変わっていきました。(※これから日本郵政グループで同じことが起きていく予感がします。)

農中はニューヨーク、ロンドン、シンガポール、香港、北京、シドニー、アムステルダムに運用拠点を置き、グローバルな運用ネットワークを構築していきましたが、その運用目的は以前と変わらず、前述したように「農協に上乗せ利息を支払う」ことですから、ポートフォリオの資産配分については、自ずと利息獲得をメインとする債券運用偏重から脱することが出来ずにいました。

2024年3月末時点の資産配分は「国内債券14%・外国債券42%・株式2%・社債29%・ローン担保証券13%」という構成です(株式はなんとたったの2%!!)。そこに昨年来の世界的な金利上昇が襲い掛かり、ポートフォリオの大半を占める債券の価格は大幅に下落、そして農中のHPには運用方針として「為替変動を避けるため極力為替ヘッジをする」と記載されていますので、外債の大部分に為替ヘッジをかけていたのでしょう。「為替リスク無し」にしておけば、債券価格の下落を円安(為替差益)でカバーできたのですが…。

農協から預かった大事なお金に上乗せ金利をのせるために、株式のリスクはとりません。為替のリスクはとりません。そんな一見、運用ニーズに沿った真面目そうな運用方針が、今回の巨額損失につながったのは本当に皮肉なことです。

今回の教訓は「卵は一つの籠に盛るな」という、昔ながらの分散の重要性を説く格言を思い出させてくれます。個々の証券のリスクではなく、ポートフォリオ全体のリスクを考えると、結果論ではなく債券だけで運用するのは王道ではないと思います。

やはり王道の投資理論は、異なる値動きをする資産クラスへの分散投資です。その分散の原則をしっかり堅持することこそが、長期投資のリスク管理において最重要と再確認した思いです。

一方で、おそらく農中の運用戦略も長い低金利時代には、長期間上手くいっていたのだと思います。しかし成功によってリスク感覚が希薄になったタイミングで、コロナショックが起き、その後のインフレ環境に対応できなかったという不運な側面もあろうかと思います。だけどやはり、それを不運で片づけるのは適切ではありません。運用者のリスク感覚が麻痺していたことは否めないと感じます。

米国のヘッジファンド、オークツリーのハワード・マークス会長は、自身の著書の中で投資リスクについてこのように語っています。

「投資リスクは、最もリスクがないと思われているところで最も高くなっている、と私は確信している。逆もまたしかりだ。」

要するに「みんなが安全だから=リスクが低いから」と買われている証券は、実力以上に価格が上昇し、結果的にリスクが高くなっており、逆に「みんなが危険だから=リスクが高いから」と見放されている証券は実力より割安に放置され、結果的にリスクが低い状態になっている可能性が高い。ということを彼は言っているのです。

そのような本物のプロフェッショナルのリスク感覚を、現在の金融市場に当てはめるなら・・・、今をどのように見るべきでしょうか?

前提として長期投資家は市場の変動リスクについては覚悟を決め、しっかり受け入れるべきと私は考えます。これこそがリターンの源泉になっているからです。しかし同時に個々の証券のリスクについては適切に分散し、なるべく大きな下落を避けることも重要です。売買タイミングでリスクを回避しようとする方法は、長期投資の失敗につながる可能性が高いことも経験上お伝えしたい点です。

いずれにせよ未来のリスクに対する対応はそう簡単ではありません。しかしながら、上手くいっている時もそうでない時も、バランスのとれたリスク感覚を持っておくことが重要なのだと思います。

それが農中の今回の巨額損失のニュースから、改めて気付かされた個人的な教訓です。

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